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96.1.17神戸ハーバーランドにて [阪神大震災・記録]

 阪神大震災被災地の医療機関は、病院自身が被災し(1)情報の途絶(2)ライフライン途絶(3)交通マヒ等により診療機能が大幅に低下したまま、殺到する患者に、通常の1/3のスタッフで対応した。ちょうど1年たった今、バイクで救援に走った経験をもとに思い出してみます。

情報途絶

 電話はつながらないので飛び込みで救援を試みました。はじめにリュックいっぱいの救援物資を担いでいった病院は自衛隊の給水車がきており、食料も水も周辺の住民に配給するほどでした。しかたなく、1Kmほど離れた別の病院へ向かうと、ろくに食事もとれず汚れたままの白衣で診療にしていました。近所でも電話が不通で、互いの状況も把握できない有り様です。持参した白衣やワンカップ酒は特に喜ばれました。救援物資にないものを考えました。小児科の入院患者向けのお菓子も婦長などは泣いて喜んでくれました。
せめて電話の代替手段があれば、救援の集中や患者の振り分けできたのにと悔やみます。
 

断水

 トイレの水くみの苦労は家庭も病院も大変な苦労でした。高層の病棟では、患者用の便所の水洗水の確保に、貴重な診療スタッフが割かれました。小便器は水がもったいないためそのまま。臭いというより、アンモニアの瓶をそのまま嗅いだようです。床にあふれた汚物も病院スタッフの仕事です。ふろにも入れない状態での清掃作業は困難で、汚れると避難所に帰れなくなります。
 またクラッシュシンドロームで血流再開と同時に老廃物が吹き出すように、水道が復旧するとごみと下水処理の大問題が発生しました。下水処理場は設備が壊れたままで、川にそのまま流して、薬品をぶちこみ、大量の仮設トイレも神戸市全体で十数台しかないバキュームカーでは回収しきれず、校庭に穴を掘って埋めました。

交通マヒ

 緊急車両のプレートをオフロードバイクにつけて武庫川を渡った時のことは忘れられません。回りの建物はどんどん倒壊してゆくのに、自分は高揚感で寒さも感じなくなるのです。甲子園球場ががそびえ立っているのをみて少し安心したのですが、すぐに渋滞が始まりました。緊急車両も動けないのです。脇をすり抜けて前へ出ると、頭上の阪神高速道路が落ちて歩道に1台づつ車両を誘導しているのです。このときバイクの渋滞というものを初めて経験しました。
 ヘリ搬送をもっと充実させよとの声がありますが、救急車も渋滞する状況で、ヘリ搬送が本当に有効だったでしょうか。周辺に臨時へリポートが確保できれなければ利用できず、ヘリポートまでの搬送確保に問題が生じでいます。ヘリに添乗した医師が対岸の泉州救急救命センターに取り残され、電車と徒歩で8時間かけて大阪湾をぐるりと神戸へ帰ったケースもありました。長崎・沖縄のように日頃からの救急ヘリ搬送の実績が必要だと痛感いたしました。連絡調整に必要なものは、災害時だけの運用するというのは困難です。一番有効なのは、早期の交通規制でははないでしょう。

復興計画と区画整理

 いきなり患者に手術しかないと迫るようなものでしょう。それも広範囲の切除が必須で、ほかに方法はありません、と短期間で決定されてしまう。インフォームドコンセントなしに区画整理を強行すれば、裁判を起こされるのは、医療も震災も同じでしょう。いくら低利のローンを融資しても、高齢者にとっては、体力のない老人に大手術をするのと同じことです。たとえうまくいっても寿命がさきに尽きてしまいます。年金で払える低い家賃の公的賃貸住宅を供給するしかありません。
もうすでに10名を越えてしまった仮設住宅での孤独死の原因は、せっかく避難所でできあがった地域コミュニティを分断して、高齢者だけをばらばらに仮設に詰め込んだことに原因があるでしょう。

報道されない医療の問題点

 震災を考える医療シンポジウムなどの意見は、被災地では何もできなかった無力感、大阪などの後方搬送施設では本来ならもっと助けられたという悔やみ、遠隔地から駆けつけた医療ボランティアは立ち上がりの遅さの3点に集約されるでしょう。それぞれの立場の違いが議論をすれ違わせることもしばしばです。
 また現場の混乱は、金を積まれたりやくざに脅されトリアージを変更するといった通常では考えられないような事態から想像できるでしょう。せっかく出勤できても、あまりのひどさに翌日から休んでしまうとか、余震のたびに怯えて仕事にならない。超勤手当の支給でもめたり、病院倒産のうわさに惑わされたり、医療の分野でニュースになるのはほとんど「いい話」ばかりで、「悪い話」は報道されません。このような実名があげられないケースにこそ震災時の医療の問題点が内在するといえるでしょう。
 本来なら災害対策の提言をすべき時期なのでしょうが、被災地では震災の記録を保存するのがやっとです。PTSDなどの心理的ケアの問題はだんだん深刻になってきました。奥尻島のケースでも心のケアの問題は指摘されていたのに、対策は後手にまわっています。「阪神大震災に学ぶ」といった声はよく聞きますが、本当に学んでくれるでしょうか。全国どこの病院でも近所で列車転覆や高速でのバス事故があれば、被災地での混乱が再現されます。急患が想定の10倍発生すれば、トリアージしないと処置できません。

おわりに

 毎月神戸には子供と訪れていますが、いつも感心することがあります。大人向けの食事しかないお店でも、子供用にわざわざ味付けを変えてくれたり、1品を二つの小皿に分けて出したり、コーヒー付きの定食がデザート付きに替わっていたりするのです。マニュアルになくても、臨機応変に対応する姿勢。要求されなくても、相手の状態をよく見て、少しの手間と工夫が結果を大きく変えます。武庫川を渡り西宮、芦屋、神戸、そして淡路でも幾度となく遭遇した「思いやり」です。今後、われわれ公務員が一番見習うべき住民サービスの原点ではないでしょうか。
 ここ神戸ハーバーランドでは昨夜から続いていたメモリアルコンサートも最後の演奏になった。タイガー大越のトランペットが、アベマリアを私たちの心に刻みつける。

         そして、防災服で貝原兵庫県知事登壇、午前5時46分 「黙祷」

                             あたらしい年が、いまあける。


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